サポセン便り【令和6年1月 第28号】

サポセン便り

あけましておめでとうございます

江別地区保護司会会長 支部 英孝

江別保護司会の皆様、新年あけましておめでとうございます。ご家族そろって良いお年を迎えられたことと、お祝い申し上げます。

西暦2000年になってから24年目を迎えました。なにか、あっという間に時が進んでいるように感じます。すぎ去ったことが、どうであったか思い返しても、どうにもなりませんが、やり残したことはたくさん有りました。世の中はどんどん多様化し、社会の分断が、様々な問題を生み出しているようです。

保護司会は、それに対応し、変革しながら進んでいかなければ、なりません。変革がすべて良いとは言えないとしても、原点を忘れてはなりません。保護司会は、個々の活動が中心ではありますが、人が集まることからすべてが始まった活動であることをわすれては、なりません。
多くの人たちと出会い、人と人との関係が生まれ、会員同士にも思いもよらぬような良い関係が築かれています。何もせずに、自分の殻に閉じこもっていたら、今、私たちが拝受している仲間との関係は、生まれませんでした。

それぞれ、どのようなご縁で保護司会に入会されたかは、わかりませんが、どなたかに勧められて、今があると思います。その様な機会を得られたことに、多少なりとも感謝するのではないでしょうか。
 また、保護司会は、他の団体との情報交換の場もあり、本当に有難く思っているところです。これからも、多くの仲間と出会い、自分自身を高めていけることを有難く感謝しながら、新年のご挨拶といたします。

思い出すままに

野幌分区 吉田 歌津子

22年前、保護司を熱心に勧めてくださったのは、当時の江別保護司会・副会長のK女史。固辞する私が「目ダツノハ嫌ナンデス」と言った時、彼女は「目ダチマセンヨ!」とキッパリ応えられ、それが決め手となって私は受諾しました。(当時は周囲に対して内緒が常識でしたから)

委嘱されるや否やすぐに担当することとなり「生活環境調整」の指示を受けました。

私は住所のメモを握りしめ獄中結婚したばかりの、しかも相手が3回目とは知らない引受人の妻を訪ねた日をありありと思い出します。その後、様々な事犯を通して本人や引受人との交流という経験をしましたが、それぞれの想いと生き方を理解し寄り添うようにと手探り状態ながら誠実に向き合ってきたつもりです。

しかし、現在も尚、ズッシリと心に刺さっている悔恨の事例があります。それは引受人の母親と話している時、いつも別室で落ち着かない様子でいた実兄が、弟の出所予定日が近づいたある日、自室で自死したのです。私はショックをうけ苦しみ、気持ちが落ち込み、保護司を辞めようとしましたが、他のケースも預かっていた事もあり踏みとどまりました。

 担当したそれぞれの事犯では、本人たちの心の深いところの呟きや嘆き、彼らの経歴の中に、彼らが道を誤ってしまった小さなキッカケと思われる事を感じた時、今の教育のあり方、さらに矛盾した現実社会での生きづらさを、しみじみと考えないではいられませんでした。

 ともあれ、微力な私が此処まで来られましたのは、観察官や先輩、江別保護司会の仲間の皆様のご尽力の賜と、心から感謝しております。

皆様のこれからのご健康とご活躍、ご発展を祈念し御礼の御挨拶と致します。
 お世話になりました。

吉田さん、長い間、本当にお疲れ様でした。
これからも保護司会を見守ってください。
ありがとうございました。

『出会い』と『学び』と『愛』

野幌分区 石川 奈穂江

この年齢にもなると今までたくさんの人と出会ってきた。両親、家族、友人、親戚、職場、職場の上司、同僚、ご近所さん、自治会の皆さん、あ!!夫が抜けていた。

親ガチャと言う言葉がある。でも子どもは親を選んで来るらしい、国籍、性別、貧困、障害、それでも選んで来るという。娘よ、息子よ、私を選んで来てくれたのね。母にしてくれたのね。ありがとう。そのことによって子ども達が後悔しているのか、いやいやこんなものでしょ、それともこの家、両親の元に生まれてきてよかったわ!!と思っていてくれているのか、聞いたことがないので分からない。

私自身としては、両親のもとに生まれて良かった!!幸せである。この両親を選んだ私ってすごい!!父、母に心から感謝です。


私は子どもたちのおかげで今まで沢山の人と出会い、関わることができた。それと供にたくさんの学びもあった。振り返ると私の職歴も様々で今の立ち位置……不思議である。でもね、いろいろな事をすればする程、させて頂くほど、一本に繋がってきていることに気がついた。あのときのあれがあったから今、現在のこれがあるんだ!!みたいな。

皆さまも振り返って見てください。そう想いませんか?きっと、現在に繋がっている筈……。保護司としては、対象者、またその家族との出会いも学びである。わたしはまだ数件しか持っていませんが……子どもの案件が多くそれ共にその家族とも係わってきた。子どものことを心配している両親。夜、来訪してきたことも。泣きながら何度も電話をしてきた母親。この姿は本物だと信じている。

では、何故?!乱暴であったり暴力的であったり、放任であったりどこかの歯車が合わなかったのかな……。また、父子家庭の父親からは娘を心配していることは伝わるのだがどこまで真剣に思っているのか……。

ここは最後まで気持ちを聴くこともできず、また、対象者との面談も上手くいかなかった。約束は守らない、何度も何度も振られた。

ありがとう!!とかごめんなさいの言葉をまるで知らないかのようだった。子どもは真っ白で生まれてくる。たくさんの人と出会い、いろんな愛を経験をし、学びそこから色がついてくる。皆、皆、愛情を求めているのは間違いない。

たっぷりの愛を与えられると、人に与えることができる。女将さん、そこに愛はあるんよ(某CM)であって欲しい。

皆さまご挨拶が遅れました。
平成30年より皆さまの仲間に入れて頂きました。それ以前に出会っていた方達とも再び一緒になり大変嬉しく、そして心強いです。

これからも人を大切にし、たくさんの学びをさせて頂きたいと思います。どうぞ宜しくお願いいたします。

最後に、以前読んだ本の言葉を紹介させていただきたいと思います。

~思春期の子どもの援助~<言葉の向こうにあるものの理解>
• 「一人がよい」という子どもに……友達や信頼できる人を求めている気持ちが潜んでいる。
• 「親は嫌い」という子どもに……親を求めている気持ちが潜んでいる。
• 「何もしたくない」という子どもに……何かしたいと言う思いが潜んでいる。
• 「自分はつまらない」という子どもに……じぶんはこれで良いと言う気持ちが潜んでいる。

思春期の子どもへの言葉ですが大人にも当てはまりませんか……

『女子少年院の少女たち』を読んで

大麻分区 澤向 ミチ子

「記憶」というドキュメンタリー映画を基にして映画監督・中村すえこ氏が本にしました。 彼女も少年院出だということですが、母親の存在が立ち直りのきっかけになったそうです。

群馬県にある榛名少年院は女性のみが収容されています。万引き、覚せい剤、美人局(つつもたせ)等で彼女たちはそういう生き方を望んだのではなく、そう生きるしかなかったのです。そこで、社会復帰のための生活指導、職業訓練等を約1年間受けます。

この本は、ある一人の女性・佳奈(仮名)との出会いを中心に書かれています。この子は、生まれてすぐ乳児院に預けられ、後に養護施設で生活。大切な「愛育・・・アタッチメント」が薄いまま育つ。一度、母親らしい人に会ったが何も感じるものがなかったと話している。

高校卒業後は施設を出て美容院に勤めるが長続きせず、お金もなく万引き、覚せい剤と罪を犯し少年院へ収容されたのです。

彼女には人間不信「大人は裏切るから」が何時も心の中にある。少年院は一年くらいで、引き受ける先を探します。彼女は職親プロジェクト企業「良心塾」にする。間もなく、以前に経験がある美容院に就職するが、人間関係になじめず黙って出ていく。

自らとび職の仕事を選び働くようになつた。その後行方が分からず、中村すえ子さんは心配になり探す。

「セカンドチャンス・人間は何度でもやり直せる」と言う組織に在籍する一人の女性に救われていました。「愛」の必要性を感じる信頼できる人と生きていけるのではと、映画監督でもある中村すえ子氏は思いました。

彼女もここのメンバーでした。

女子少年院の少女達~普通に生きることが分からなかった~

中村すえこ・さくら舎

「助けてほしい」が届かない!生きるために犯罪を選ぶしかなかった――。自分を守る術を知らない少女たちのリアルな言葉が胸を打つ!女子少年院経験者の著書が迫る少女犯罪の裏側。(帯より)

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